概要
堺の菓子屋の娘。与謝野鉄幹と恋をして家を出て、『みだれ髪』。子を12人産み、『源氏物語』を現代語にし、女性の参政権を言い、「君死にたまふことなかれ」を書いた同じ人が、日中戦争を讃える詩も書いた。
関わったできごと(1)
与謝野晶子『みだれ髪』AD1901年8月15日 · 歌人本文
鳳志よう。 「しょう」。 堺。 甲斐町。 「駿河屋」。 「和菓子」。 「父は、 女の子が、 生まれたことに、 失望した」。 「里子」。 「3歳で、 戻った」。 「店番」。 「本」。 「『源氏物語』を、 11歳で」。 「『栄花物語』『枕草子』『徒然草』」。 「堺女学校」。 1900年、 「明星」。 『明星』第2号。 「白百合」。 「鉄幹」。 「1900年8月、 大阪」。 「浜寺」。 「山川登美子」。 「同じ、 鉄幹を」。 「登美子は、 親の決めた結婚を」。 「晶子は、 家を出た」。 1901年6月。 「東京」。 「渋谷」。 「鉄幹の妻、 滝野」。 「1901年8月、 『みだれ髪』」。 「10月、 結婚」。 「鳳晶子が、 与謝野晶子に」。 1902年、 「光」。 長男。 「12人」。 「11人が、 育った」。 1904年9月、 「君死にたまふことなかれ」。 1906年、 「登美子が、 死んだ」。 1909年。 「結核」。 1911年、 『青鞜』。 「山の動く日来る」。 「創刊号に」。 「すべて眠りし女、 今ぞ目覚めて動くなる」。 1912年5月、 パリ。 「鉄幹が、 先に」。 「晶子は、 シベリア鉄道で」。 「一人で」。 「4人の子供を、 残して」。 「ロダン」。 「7か月」。 「帰った」。 「船」。 1912年10月。 1915年、 『源氏物語』の、 現代語訳。 「新訳源氏物語」。 「原稿が、 関東大震災で、 焼けた」。 「『新新訳源氏物語』」。 1938年。 「2度」。 1918年、 「母性保護論争」。 平塚らいてう。 「女性は、 国家に、 母性を、 保護される権利がある」。 晶子。 「女性は、 経済的に、 自立すべき」。 「依頼主義」。 山川菊栄が、 両方を、 批判した。 1921年、 「文化学院」。 西村伊作、 鉄幹、 晶子。 「男女共学」。 「制服なし」。 「自由」。 「大石誠之助の、 甥」。 1928年、 「満蒙」。 「満鉄の、 招待」。 1931年、 「満洲事変」。 1932年、 「日本国民朝の歌」。 「上海」。 1935年、 「鉄幹が、 死んだ」。 1937年、 「日中戦争」。 「爆弾三勇士」。 「鉄幹の」。 1938年、 「新新訳源氏物語」。 1940年、 「脳溢血」。 1941年12月、 「真珠湾」。 「水軍の大尉となりてわが四郎み軍にゆくたけく戦へ」。 1942年。 「四郎」。 「海軍中尉」。 「与謝野晶子は、 軍国主義に、 転向した」。 「与謝野晶子は、 息子を、 戦場に、 送る母だった」。 「最初から」。 1942年5月29日。 63歳。 「多摩霊園」。 「鉄幹と」。 「歌」。 「5万首」。 「『みだれ髪』」。 「399首」。 「そのうち、 100首が、 教科書に」。 「『君死にたまふことなかれ』」。 「1首」。 「両方」。