← 地図で見る
Event / できごと

コンゴ自由国

Congo Free State
1885年 – 1908年
期間を持つできごと重要度 5

概要

国ではなく、ベルギー王レオポルド2世の私有地だった。ゴムの割当を満たさない村の手を切り落とし、人口の半分近くが失われたとされる。

場所

キンシャサ
-4.44°N 15.27°E · コンゴ民主共和国

本文

1885年のベルリン会議で、コンゴ盆地はベルギー王レオポルド2世の個人の所有と認められた。 ベルギーという国の植民地ではない。王一人のものだった。 面積はベルギーの80倍になる。

1890年代に自転車と自動車の空気タイヤが広まり、ゴムの値が上がった。 王は村ごとにゴムの割当を課した。 満たさない村は兵に襲われ、人質を取られ、殺された者の手が数の証拠として集められた。

人口は、統治の前と後で数百万人減ったとされる。 殺されただけでなく、飢えと病と出生の減少を合わせた数になる。 正確な数は分からない。数える者がいなかった。

宣教師と船会社の事務員が記録を集め、1904年に報告書が出た。 国際的な非難で、1908年にベルギー政府が王から引き取った。

『国家はなぜ衰退するのか』は、これを収奪的な制度の極端な例にし、 独立後のモブツの統治がその形を引き継いだ、と続ける。

出典(1)

ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン(鬼澤忍 訳) 国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源第12章 悪循環

同じ時代のできごと

電磁場の理論AD1865年『戦争と平和』1865年薩長同盟1866年3月7日(慶応2年1月21日)メンデルのエンドウの論文AD1866年第二次長州征討1866年坂本龍馬暗殺(近江屋事件)1867年12月10日(慶応3年11月15日)大政奉還1867年11月9日(慶応3年10月14日)五箇条の御誓文1868年4月6日(慶応4年3月14日)