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Event / できごと

鹿鳴館

Rokumeikan
AD1883年11月28日
重要度 3

概要

井上馨が条約改正のために建てた洋館で、外国の外交官を招いて夜会と舞踏会を開いた。日本は文明国だと見せるために。「猿真似」と国内外で笑われ、井上が辞めて4年で終わった。

場所

東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都

本文

外務卿井上馨。 条約改正。 「日本は文明国である」。 「外国人が日本に住んで、 日本の法で裁かれても、 問題ないほど、 文明国である」。 そう見せる。

日比谷。 薩摩藩装束屋敷跡。 ジョサイア・コンドル。 イギリス人。 27歳で来て、 工部大学校で教えた。 辰野金吾の師。 煉瓦2階建て。 18万円。 「鹿鳴」。 『詩経』。 「呦呦鹿鳴、食野之苹、我有嘉賓、鼓瑟吹笙」。 鹿が鳴いて、 客を迎える。 中井弘が名づけた。

1883年11月28日。 開館式。 1200人。 井上の誕生日。 夜会。 舞踏会。 バザー。 仮装舞踏会。 1887年4月20日、 首相官邸。 伊藤博文が、 ヴェネツィアの貴族に。 「井上馨夫人武子、 末松謙澄夫人生子(伊藤の娘)、 戸田極子(岩倉の娘)」。 「鹿鳴館の花」。 ダンスを、 日本の女性に教えた。 「婦人束髪会」。 洋装。 バッスル。

ピエール・ロチ。 『秋の日本』。 「江戸の舞踏会」。 1885年11月3日、 天長節の夜会。 「これらの日本人は、 ぎこちなく、 それでも、 それは、 猿真似というより、 子供の真似だった」。 「この国は、 自分をどう思っているのか」。 芥川龍之介が、 『舞踏会』にした。 1920年。 「花火のようなもの」。

1887年、 井上の条約改正案。 「外国人判事を任用する」。 ボアソナードが反対。 谷干城が辞任。 「国辱」。 三大事件建白運動。 井上、辞任。 9月。 鹿鳴館の夜会は、 終わった。 4年。 1890年、 華族会館に。 1940年、 取り壊し。 いま、 帝国ホテルの隣に、 碑だけ。 「鹿鳴館時代」。 「欧化」。 「猿真似」。 「文明開化」。 どの言葉も、 この4年を、 少し違う顔で言う。

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