概要
薩摩と会津が長州を京都から締め出した。この遺恨が、のちの薩長同盟をより劇的にする。
場所
京都
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
本文
京都の政局は、長州と結んだ急進的な尊攘派の公家が握っていた。 天皇を担いで攘夷の実行を迫る勢いになる。
薩摩と会津が組んで御所を固め、 長州藩兵と七人の公家を京都から追い出した。 一夜で政局がひっくり返っている。
追われた公家は長州へ落ちた(七卿落ち)。 長州は京都での足場を失う。
この時、薩摩と会津は味方だった。 5年後、会津は薩長の軍に攻められて籠城する。 そのとき薩摩に対する会津の遺恨は、 この年の共闘の記憶があるぶん深くなる。