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Event / できごと

八月十八日の政変

Coup of 18 August
1863年9月30日(文久3年8月18日)
重要度 4

概要

薩摩と会津が長州を京都から締め出した。この遺恨が、のちの薩長同盟をより劇的にする。

場所

京都
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府

本文

京都の政局は、長州と結んだ急進的な尊攘派の公家が握っていた。 天皇を担いで攘夷の実行を迫る勢いになる。

薩摩と会津が組んで御所を固め、 長州藩兵と七人の公家を京都から追い出した。 一夜で政局がひっくり返っている。

追われた公家は長州へ落ちた(七卿落ち)。 長州は京都での足場を失う。

この時、薩摩と会津は味方だった。 5年後、会津は薩長の軍に攻められて籠城する。 そのとき薩摩に対する会津の遺恨は、 この年の共闘の記憶があるぶん深くなる。

同じ時代のできごと

解析機関への注釈AD1843年アイルランドのジャガイモ飢饉1845年1848年革命1848年女性が初めて医学の学位を得るAD1849年1月23日オーストラリアのゴールドラッシュ1851年太平天国の乱1851年黒船来航1853年7月8日(嘉永6年6月3日)日米和親条約1854年3月31日(安政元年3月3日)