概要
西半球で最後の廃止。400万人近くが運ばれた最大の受け入れ国で、ようやく終わった。
場所
リオデジャネイロ
-22.91°N -43.17°E · ブラジル
-22.91°N -43.17°E · ブラジル
関わった人(1)
ペドロ2世AD1825年12月2日–AD1891年12月5日 · 当時の皇帝本文
西半球で、最後の廃止になる。
400万人近くが運ばれた、最大の受け入れ国だった。
段階的に進められた。
1850年に奴隷貿易を禁止、 1871年に奴隷の子を自由とし、 1885年に60歳以上を解放。
そして1888年、無償・無条件で全面廃止した。
「黄金法」と呼ばれる。
イザベル皇女が署名した。 父ペドロ2世は外遊中になる。
補償が無かったことで、 大農園主が帝政から離れた。
その1年半後、軍のクーデターで帝政が倒れる。
解放された人々への支援も無かった。
土地も、教育も、職も与えられない。 多くが、そのまま同じ農園で働き続けた。
いまのブラジルの経済格差の根に、 この形の廃止がある。