概要
選挙を経て合法的に政権を取り、そこから独裁へ移した。民主制が自ら独裁を選びうると示した例。
場所
ベルリン
52.52°N 13.40°E · ドイツ
52.52°N 13.40°E · ドイツ
関わった人(1)
ヒトラーAD1889年4月20日–AD1945年4月30日 · 当人本文
選挙を経て、合法的に政権を取った。
1932年の選挙で第一党になり、 翌年、大統領が首相に任命した。
そこから、独裁へ移った。
国会議事堂の放火事件を口実に、 緊急令で基本的人権を停止した。
全権委任法を可決させた。 政府が議会を通さずに法律を作れる、という法になる。 可決には、他党の賛成が要った。
反対したのは社会民主党だけになる。
その後、他の政党をすべて解散させた。
大統領が死ぬと、首相と大統領を統合した。
一連の過程に、クーデターは無い。
民主的な制度が、 その手続きに従って独裁を生んだ例になる。
その仕組みを研究することが、 戦後の憲法設計の出発点になった。
出典(1)
カール・ポランニー(野口建彦、栖原学 訳) 『大転換 市場社会の形成と崩壊』第20章(社会が市場から自分を守る、その最悪の形)