概要
ウクライナで数百万人が餓死した。急いだ集団化と穀物の徴発が重なった人為の飢饉で、いまジェノサイドと認める国が多い。
場所
ハルキウ
49.99°N 36.23°E · ウクライナ
49.99°N 36.23°E · ウクライナ
関わった人(1)
ヨシフ・スターリンAD1878年12月18日–AD1953年3月5日 · 命令本文
1932年から33年にかけて、 ウクライナで数百万人が餓死した。 推計に幅があり、300万から500万とされる。
原因は不作だけではない。 急いだ集団化に農民が抵抗し、 それに対して穀物の徴発が強化された。 達成できない村は「ブラックリスト」に載せられ、 食料と工業製品の供給を止められた。
移動が禁じられた。 食べ物を求めて村を出ることも、 国境を越えることもできない。
同じ時期、ソ連は穀物を輸出していた。
長く公に語れなかった。 ソ連の統計から人口が消えていることを、 外の研究者が指摘しても否定された。 1991年以降、文書が開かれて全体像が出てくる。
いまジェノサイドと認める国が増えている。 ロシアは認めていない。