概要
「傲慢王」。ローマ第7代で最後の王。舅を殺して王位を取り、元老院に諮らず、ケシの頭を切る仕草で敵を殺せと息子に伝えた。ユピテル神殿を建て、シビュラの書を買った。追われてエトルリアの助けを求め、レギッルス湖で負けて、クマエで死んだ。
所属
ローマ関わったできごと(1)
タルクィニウスの追放(王政の廃止)BC509年(伝承) · 追われた王本文
ルキウス・タルクィニウス・スペルブス。 「傲慢な」。 第7代。最後の王。 タルクィニウス・プリスクスの子、か孫。 セルウィウス・トゥッリウスの娘トゥッリアの夫。 トゥッリアが「あなたは王の子。なぜ」。 最初の妻と、トゥッリアの最初の夫を殺した。二人は兄弟と姉妹。 元老院で王座に座った。セルウィウスが来て、階段から投げ落とした。 トゥッリアが父の死体を馬車で轢いた。「罪の街路」。 BC535年。 元老院に諮らず。護衛。裁判を自分で。 ガビイ。息子セクストゥスが亡命を装って入り、使者を父に。父は庭でケシの頭を杖で払った。息子は理解した。 ユピテル・カピトリヌスの神殿。エトルリアの職人。 「頭が出た」。カピトリウム。「頭の丘」。 クロアカ・マクシマ。下水。 シビュラの書。9巻を拒んで3巻を燃やされ、また3巻、残った3巻を9巻の値で。 ルクレティア。 アルデア。 BC509年。 25年。 カエレ。ウェイイ。タルクィニイ。アルシアの森。 ポルセンナ。 レギッルス湖。BC496年。 クマエ。アリストデモス。BC495年。
ローマの王の話は、リウィウスが500年後に書いた。 7人の王。250年。一人35年。長すぎる。 「エトルリアの王がローマを支配した時代」を、ローマ人が「タルクィニウス家」の話にした。 「傲慢王」の追放は、エトルリアからの独立、と読める。 彼が本当にいたか。ユピテル神殿は確かにBC6世紀の末に建った。 「王」。ローマ人は二度と王を置かなかった。 皇帝も「プリンケプス」。「第一の市民」。 王でなく。 1000年。 シェイクスピアの『ルークリース凌辱』。1594年。 セクストゥスが主役。父は影。 「傲慢」の語が、王の名になった。