← 地図で見る
Person / 人

テカムセ

Tecumseh
AD1768年頃 – AD1813年10月5日(享年45・推定)
ショーニー族重要度 3

概要

部族の枠を越えた連合で入植の波を止めようとした。土地は誰か一人のものではない、という主張を貫く。

関わったできごと(1)

テカムセの部族連合1808年 · 指導

本文

ショーニー族の指導者になる。

父も兄も、白人との戦いで死んでいる。

主張が一貫していた。

土地は全部族の共有であり、 一部族が売る権利は無い。

それまで、条約は部族ごとに結ばれていた。 一つの部族が売れば成立する。

その仕組みを否定した。

弟テンスクワタワが宗教的な指導者として、 白人の物品と酒を拒む運動を広げた。

各地を回って説得した。 南部のクリークやチョクトーまで足を運んでいる。

雄弁で知られる。 その演説を聞いた白人が、記録に残している。

留守中にティピカヌーで弟の側が敗れ、 連合が崩れはじめた。

米英戦争でイギリス側について戦い、戦死した。

遺体は見つかっていない。