概要
薩英戦争を砲台の側で見て、イギリスに7年留学した。日本海海戦で「敵艦見ゆとの警報に接し」の信号を上げ、丁字戦法で勝った。「東洋のネルソン」。晩年は軍縮に反対して海軍を割った。国葬。
関わったできごと(2)
日露戦争1904年 · 連合艦隊日本海海戦AD1905年5月27日 · 司令長官本文
薩摩。 加治屋町。 西郷、 大久保と同じ町。 1863年8月、 薩英戦争。 15歳。 父と兄と、 砲台。 「イギリスの砲弾が、 薩摩の砲を、 壊した」。 「海軍」。 1866年、 「開成所」。 1868年、 戊辰。 春日丸。 阿波沖海戦。 「開陽」と。 宮古湾、 箱館。 1871年、 イギリス。 留学。 「海軍兵学校には、 入れなかった」。 「商船学校」。 テムズ海洋訓練学校。 ウースター号。 「ジョニー・チャイナマン」と、 呼ばれた。 「私は、 日本人だ」と、 殴った。 「東郷は、 黙って、 勉強した」。 7年。 「ハンプシャー号」で、 世界一周。 「扶桑」の回航。 1878年、 帰国。 1894年、 「浪速」艦長。 7月25日、 豊島沖。 「高陞号」。 イギリスの商船。 清国兵1100人。 「撃沈した」。 「イギリスと戦争になる」。 国際法学者が、 「合法」と。 東郷は、 「国際法の本を、 読んでいた」。 1904年、 連合艦隊司令長官。 山本権兵衛海相が。 「東郷は、 運がいい」。 「日高壮之丞ではなく」。 2月、 旅順。 8月10日、 黄海海戦。 「取り逃がした」。 1905年5月27日。 「本日天気晴朗」。 「Z旗」。 「東郷ターン」。 「敵前で、 横に」。 「15分」。 「三笠の艦橋に、 立ったまま」。 「加藤友三郎参謀長が、 『中に入ってください』」。 「立っていた」。 1905年10月、 凱旋。 「連合艦隊解散の辞」。 秋山真之が書いた。 「神明は唯平素の鍛錬に力め、 戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、 一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を奪ふ。 古人曰く勝つて兜の緒を締めよと」。 セオドア・ローズヴェルトが、 アメリカの海軍に、 配った。 1911年、 「東郷元帥」。 イギリス。 ジョージ5世の戴冠式。 「東洋のネルソン」。 1913年、 元帥。 1914年、 東宮御学問所総裁。 裕仁親王。 「乃木が、 学習院で」。 「東郷が、 御学問所で」。 1930年、 ロンドン海軍軍縮条約。 「艦隊派」。 加藤寛治。 「統帥権干犯」。 東郷は、 「条約派」を、 批判した。 「東郷が、 言えば」。 海軍が、 割れた。 1934年5月30日。 86歳。 国葬。 「東郷神社」。 1940年、 原宿。 「東郷ビール」。 フィンランド。 「東郷が、 ロシアを、 破ったから」。 「日本海海戦」を、 「対馬海戦」と、 世界は呼ぶ。 「Tsushima」。 「バルチック艦隊の、 全滅」。 「1905年」。 「アジアが、 ヨーロッパに」。 「日本が、 アジアに」。 「その、 両方」。