概要
大国ロシアに辛勝した。国力は限界で、賠償金の無い講和に国内は暴動で応えた。
関わった人(3)
東郷平八郎AD1848年1月27日–AD1934年5月30日 · 連合艦隊乃木希典AD1849年12月25日–AD1912年9月13日 · 第三軍小村寿太郎AD1855年10月26日–AD1911年11月26日 · 外相本文
非ヨーロッパの国が、ヨーロッパの大国に勝った戦争として、 アジアとアフリカで広く受け止められた。
実態は辛勝だった。 陸では旅順と奉天で消耗しきり、 兵力も弾薬も限界に来ていた。 日本海海戦の勝利は決定的だったが、 そのまま戦い続ける国力は無い。
アメリカの仲介で講和したのは、 それ以上続けられなかったからになる。
ポーツマス条約に賠償金は無かった。 増税と犠牲に耐えた国内は納得せず、 日比谷で焼き打ち事件が起きる。
勝ったという記憶と、 実際には限界だったという事実の落差が、 その後の対外判断に影を落とすことになる。