概要
『戦争と平和』で歴史を英雄ではなく無数の人の集まりとして描いた。晩年は財産と著作権を手放そうとして家族と対立する。
所属
ロシア帝国関わったできごと(1)
『戦争と平和』1865年 · 作者本文
伯爵家の生まれで、広大な領地を持っていた。
『戦争と平和』で書いたのは、 歴史は英雄が動かすのではない、ということだった。 ナポレオンも、自分が動かしていると思い込んでいるだけで、 無数の人の意志の合力の上に乗っているにすぎない。
膨大な人物が出てくるのは、そのためになる。
『アンナ・カレーニナ』を書いた後、 精神の危機に入った。 なぜ生きるのかが分からなくなり、 自殺を防ぐために猟銃を隠したと書いている。
そこから、独自のキリスト教理解に至った。 教会を批判し、破門された。 非暴力、私有財産の否定、菜食。
自分の財産と著作権を手放そうとして、家族と対立した。 妻は13人の子を育て、 『戦争と平和』を何度も清書した人でもある。
82歳、家を出て、駅で死んだ。 その死は世界中の新聞の一面になった。