概要
インカ最後の皇帝の子孫を名乗り、植民地体制に対して蜂起した。処刑の様子が、以後の抵抗の記憶になる。
関わったできごと(1)
ラテンアメリカ諸国の独立1810年 · その50年前の先駆本文
本名はホセ・ガブリエル・コンドルカンキ。
インカ最後の皇帝トゥパク・アマルの子孫を名乗った。
クスコで教育を受けたクリオーリョ寄りの富裕層で、 ラバの隊商を経営していた。
蜂起の理由は、 ミタ(強制労働)と、 コレヒドール(地方長官)による強制販売になる。
要らない物を高値で買わされる制度が横行していた。
数万人が加わった。
先住民だけでなく、 クリオーリョやメスティソも当初は同調している。
だが、暴力が広がると離反した。
捕らえられ、クスコの広場で処刑された。
妻と息子の処刑を見せられた後、 四頭の馬で四肢を引かせる刑にかけられた。
体が裂けず、最後は斬首された。
遺体は各地に分けて晒された。
その名が、後の抵抗運動で繰り返し使われる。