概要
学者から指導者になり、ハウサ諸王国を倒して西アフリカ最大の国を作った。
関わったできごと(1)
ソコト帝国の成立AD1804年 · 当人本文
フラニ人の学者の家に生まれた。 20歳から説教して回った。
批判したのは、ハウサ諸王国の支配者になる。 重い税、恣意的な徴発、 そして在地の信仰との混淆。
王の一人に招かれて宮廷で教えたこともある。 そこから距離を取り、対立へ向かった。
弾圧を受け、ヒジュラ(移住)を行い、 ジハードを宣言した。
数年でハウサ諸王国を倒した。
作った国では、学問が重んじられた。 本人も、弟も、息子も、そして娘も著作を残している。
娘のナナ・アスマウは、 女性のための教育網(ヤン・タル)を組織した。 村を回る女性教師の制度で、 その名はいまもナイジェリアの教育計画に使われている。
本人は建国後、政務を弟と息子に譲り、 著述と教育に戻った。