概要
学者が起こした改革運動が、西アフリカ最大の国になった。イギリスが来るまで一世紀続く。
場所
ソコト
13.06°N 5.23°E · ナイジェリア
13.06°N 5.23°E · ナイジェリア
関わった人(1)
ウスマン・ダン・フォディオAD1754年12月15日–AD1817年 · 当人本文
ウスマン・ダン・フォディオは、学者だった。 説教して回り、 ハウサ諸王国の支配者が イスラームの教えに反していると批判した。
重い税、恣意的な徴発、 そして在地の信仰との混淆。
弾圧を受け、ジハードを宣言した。 支持したのは、フラニ人の遊牧民と、 ハウサの農民の一部になる。
数年でハウサ諸王国を倒し、 西アフリカ最大の国を作った。
作られた国では、 学問が重んじられた。 本人も、娘のナナ・アスマウも、 大量の著作を残している。
ナナ・アスマウは、女性のための教育網を組織した。 村を回る女性教師の制度で、 その仕組みはいまも名前を残している。
一世紀続き、1903年にイギリスに征服された。 イギリスは、その行政機構をそのまま残して 間接統治に使っている。