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Event / できごと

モーツァルトの死とレクイエム

Mozart's Requiem
AD1791年12月5日
重要度 3

概要

匿名の依頼で書いていた鎮魂曲を未完のまま残して死んだ。35歳。

場所

ウィーン
48.21°N 16.37°E · オーストリア

関わった人(1)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトAD1756年1月27日–AD1791年12月5日 · 当人

本文

匿名の依頼で書いていた。

依頼主は、後に判明する。 自分の作品として発表したかった貴族だった。

未完のまま死んだ。35歳。

妻コンスタンツェが、報酬を返さずに済むよう、 弟子のジュスマイヤーに補筆させた。

どこまでがモーツァルト自身で、 どこからが補筆かをめぐる議論が続いている。

自分の死を予感して書いた、 という話が広まったのは後世になる。

死因も分かっていない。 リウマチ熱、腎不全、旋毛虫症など諸説ある。 サリエリによる毒殺説は、根拠が無い。

共同墓地に葬られた。 当時のウィーンでは、 中流の市民には普通の埋葬方法になる。 「貧者の墓」という話は誇張されている。

墓の正確な位置は分かっていない。

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