概要
三度に分けて隣の三国が分け合い、国が地図から消えた。戻るのは123年後になる。
場所
プラハ
50.08°N 14.44°E · チェコ
50.08°N 14.44°E · チェコ
本文
三度に分けて、ロシア、プロイセン、オーストリアが分け合った。
国が、地図から消えた。
戦争に負けたのではない。 少しずつ削られ、最後に残りを分けられた。
内部の事情もあった。
ポーランドの議会には、 一人でも反対すれば議決が無効になる制度があった。 「リベルム・ヴェト」と呼ばれる。
それを外国が買収に使う。 一人を金で動かせば、何も決まらない。
改革を試みた。 1791年、ヨーロッパで最初の近代的な成文憲法を制定している。
その2年後、二度目の分割が行われた。
改革されると困る、というのが理由になる。
123年後、第一次大戦の終わりに独立を回復した。
その間、言葉と文化を保ったのは 学校ではなく家庭だったとされる。