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Event / できごと

ポーランド分割

Partitions of Poland
1772年 – 1795年
期間を持つできごと重要度 4

概要

三度に分けて隣の三国が分け合い、国が地図から消えた。戻るのは123年後になる。

場所

プラハ
50.08°N 14.44°E · チェコ

本文

三度に分けて、ロシア、プロイセン、オーストリアが分け合った。

国が、地図から消えた。

戦争に負けたのではない。 少しずつ削られ、最後に残りを分けられた。

内部の事情もあった。

ポーランドの議会には、 一人でも反対すれば議決が無効になる制度があった。 「リベルム・ヴェト」と呼ばれる。

それを外国が買収に使う。 一人を金で動かせば、何も決まらない。

改革を試みた。 1791年、ヨーロッパで最初の近代的な成文憲法を制定している。

その2年後、二度目の分割が行われた。

改革されると困る、というのが理由になる。

123年後、第一次大戦の終わりに独立を回復した。

その間、言葉と文化を保ったのは 学校ではなく家庭だったとされる。

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