概要
27歳で絵を始め、10年で2000点を描き、生前に売れたのは数点だった。弟テオへの手紙が、その10年を日記のように残している。
関わったできごと(1)
『星月夜』AD1889年6月 · 制作本文
画商、教師、書店員、伝道師。
どれも続かなかった。
27歳で、絵を描くと決めた。
10年で、油彩860点と素描1300点。
売れたのは、生前に一点だけとされる。
弟テオが画商で、 生活費を送りつづけた。
その弟への手紙が600通以上残っている。
何を見て、何を考えて描いたかが、 本人の言葉で分かる画家は珍しい。
パリで印象派と日本の版画を見て、色が変わった。
アルルへ移る。
ゴーギャンと共同生活を始め、 二か月で破綻した。
自分の耳を切った。
療養院に入り、そこで『星月夜』を描く。
1890年7月、麦畑で自分を撃った。
二日後に死ぬ。37歳。
テオが半年後に続いた。
テオの妻が手紙を整理し、絵を世に出した。