概要
兄を殺してキエフを取り、異教の神々を並べ、それから宗教を選んだ。イスラームは酒を禁じるから駄目、と。コンスタンティノープルの皇女を妻に求め、洗礼を受け、民をドニエプルに入れて洗礼させた。聖人。
関わったできごと(1)
キエフ・ルーシの改宗AD988年 · 大公本文
ヴォロディーメル。 ヴラジーミル。 スヴャトスラフの子。 母は家政婦マルーシャ。 「奴隷の子」。 970年、ノヴゴロド公。 972年、父が死んだ。 兄ヤロポルクとオレーグが争い、 オレーグが死に、 ウラジーミルはスカンディナヴィアへ逃げ、 ヴァリャーグを連れて戻った。 978年、 ポロツクの公女ログネダに求婚し、 「奴隷の子の靴は脱がせない」と断られ、 ポロツクを取って、父と兄二人を殺し、 ログネダを妻にした。 キエフ。 ヤロポルクを講和に呼んで、殺した。 兄の妻(ギリシアの元修道女)を妻にした。
異教。 キエフの丘に神々を立てた。 ペルーン(銀の頭、金の髭)、 ホルス、ダジボーグ、ストリボーグ、シマルグル、モコシ。 人身供犠。 983年、ヴァリャーグのキリスト教徒の父子が犠牲に選ばれ、殺された。 妻5人、側室800人、と年代記。
「信仰の選択」。 『原初年代記』。 986年、 ヴォルガ・ブルガールのムスリムが来た。 「割礼、豚肉を食べない、酒を飲まない」。 「ルーシにとって酒は楽しみだ。それなしに生きられない」。 ドイツからカトリック。 「断食が多い」。 ハザールのユダヤ人。 「お前たちの土地はどこか。神が散らしたなら、なぜその信仰を」。 ギリシアの哲学者。 最後の審判の絵。 使節を各地に送った。 コンスタンティノープルの聖ソフィア。 「天にいるのか地にいるのか分からなかった」。
988年、ケルソン(クリミア)。 ビザンツの都市を取り、 皇帝バシレイオス2世に、妹アンナを要求した。 6000人のヴァリャーグを送って、 バシレイオスの反乱鎮圧を助けた。 ヴァリャーグ親衛隊の始まり。 アンナが来た。 洗礼。 ワシーリー(バシレイオス)。 キエフ。 神々を倒し、 ペルーンを馬の尻尾に結んでドニエプルに流し、 民を川に入れた。 「行かない者は公の敵」。
十分の一税の教会。 学校。 「母親たちは子を死者のように泣いて送った」。 死刑を廃した、と司教たちが止めるまで。 1015年7月15日、ベレストヴォで死んだ。 息子たちが殺し合った。 ボリスとグレブが殺されて、最初のルーシの聖人になった。 ウラジーミルは13世紀に聖人。 「使徒に等しい」。 モスクワの赤の広場の前に、2016年、16メートルの像が立った。 キエフには、1853年から立っている。