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Person / 人

ウラジーミル1世

Vladimir the Great
AD958年頃 – AD1015年(享年57・推定)
キエフ・ルーシ重要度 4

概要

兄を殺してキエフを取り、異教の神々を並べ、それから宗教を選んだ。イスラームは酒を禁じるから駄目、と。コンスタンティノープルの皇女を妻に求め、洗礼を受け、民をドニエプルに入れて洗礼させた。聖人。

関わったできごと(1)

キエフ・ルーシの改宗AD988年 · 大公

本文

ヴォロディーメル。 ヴラジーミル。 スヴャトスラフの子。 母は家政婦マルーシャ。 「奴隷の子」。 970年、ノヴゴロド公。 972年、父が死んだ。 兄ヤロポルクとオレーグが争い、 オレーグが死に、 ウラジーミルはスカンディナヴィアへ逃げ、 ヴァリャーグを連れて戻った。 978年、 ポロツクの公女ログネダに求婚し、 「奴隷の子の靴は脱がせない」と断られ、 ポロツクを取って、父と兄二人を殺し、 ログネダを妻にした。 キエフ。 ヤロポルクを講和に呼んで、殺した。 兄の妻(ギリシアの元修道女)を妻にした。

異教。 キエフの丘に神々を立てた。 ペルーン(銀の頭、金の髭)、 ホルス、ダジボーグ、ストリボーグ、シマルグル、モコシ。 人身供犠。 983年、ヴァリャーグのキリスト教徒の父子が犠牲に選ばれ、殺された。 妻5人、側室800人、と年代記。

「信仰の選択」。 『原初年代記』。 986年、 ヴォルガ・ブルガールのムスリムが来た。 「割礼、豚肉を食べない、酒を飲まない」。 「ルーシにとって酒は楽しみだ。それなしに生きられない」。 ドイツからカトリック。 「断食が多い」。 ハザールのユダヤ人。 「お前たちの土地はどこか。神が散らしたなら、なぜその信仰を」。 ギリシアの哲学者。 最後の審判の絵。 使節を各地に送った。 コンスタンティノープルの聖ソフィア。 「天にいるのか地にいるのか分からなかった」。

988年、ケルソン(クリミア)。 ビザンツの都市を取り、 皇帝バシレイオス2世に、妹アンナを要求した。 6000人のヴァリャーグを送って、 バシレイオスの反乱鎮圧を助けた。 ヴァリャーグ親衛隊の始まり。 アンナが来た。 洗礼。 ワシーリー(バシレイオス)。 キエフ。 神々を倒し、 ペルーンを馬の尻尾に結んでドニエプルに流し、 民を川に入れた。 「行かない者は公の敵」。

十分の一税の教会。 学校。 「母親たちは子を死者のように泣いて送った」。 死刑を廃した、と司教たちが止めるまで。 1015年7月15日、ベレストヴォで死んだ。 息子たちが殺し合った。 ボリスとグレブが殺されて、最初のルーシの聖人になった。 ウラジーミルは13世紀に聖人。 「使徒に等しい」。 モスクワの赤の広場の前に、2016年、16メートルの像が立った。 キエフには、1853年から立っている。