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Person / 人

ヴォルテール

Voltaire
AD1694年11月21日 – AD1778年5月30日(享年83)
フランス王国重要度 4

概要

二度バスティーユに入り、イギリスに亡命し、フリードリヒ大王と文通して喧嘩した。冤罪の再審を勝ち取り、寛容を説き、教会を嘲った。

所属

フランス王国

関わったできごと(1)

『カンディード』AD1759年 · 著者

本文

本名はフランソワ=マリ・アルエ。

風刺詩で摂政を怒らせ、バスティーユに入った。

出てから筆名を名乗る。

貴族と喧嘩して、二度目のバスティーユ。

その後イギリスへ3年亡命し、 ニュートンとロックと議会を見て帰った。

その見聞を書いた本が焼かれ、また逃げた。

生涯の大半を、国境近くで暮らしている。

いつでも逃げられるように。

フリードリヒ大王に招かれてポツダムに3年いて、 喧嘩別れした。

『カンディード』を書き、 最善説を笑った。

晩年、冤罪で処刑されたプロテスタントのカラスの 再審を勝ち取った。

3年かかっている。

「私はあなたの意見に反対だが、 それを言う権利は命をかけて守る」は、 本人の言葉ではなく、 後世の伝記作家の要約とされる。

死後、革命政府がパンテオンに移した。