概要
外戚から帝位を奪い、周の古制に戻そうとした。改革は行き詰まり、15年で倒れる。
関わったできごと(1)
王莽が新を建てるAD9年 · 当人本文
外戚として、皇帝の代理を務めた。
その間、極端に謙虚に振る舞っている。 質素な生活をし、 自分の子が奴婢を殺したときに自殺させた。
その評判が、禅譲を受ける下地になった。
即位すると、周の古制への復帰を掲げた。
土地を国有にして売買を禁じ、 奴婢の売買を禁じ、 貨幣を何度も作り替えた。
理想としては筋が通っている。
現実には、混乱しかもたらさなかった。
貨幣を28種類も発行して経済が麻痺し、 土地の国有化は豪族の反発で撤回された。
黄河の流路が変わる大災害も重なった。
赤眉の乱が起き、15年で倒れた。
後の史書は簒奪者として書く。
理想を掲げた改革が、 なぜ失敗するかの例として引かれ続ける。