概要
外戚が禅譲の形で帝位に就いた。周の古制に戻すという理想は現実に合わず、15年で倒れる。
場所
長安
34.27°N 108.95°E · 中国・陝西省西安
34.27°N 108.95°E · 中国・陝西省西安
関わった人(1)
王莽BC45年–AD23年 · 当人本文
外戚の王莽が、禅譲の形で帝位に就いた。
血ではなく、譲られたという形式を取った。 以後の王朝交代でも、この形式が繰り返される。
やろうとしたのは、周の古制への復帰になる。
土地を国有にして売買を禁じ、 奴婢の売買を禁じ、 貨幣を何度も作り替えた。
理想としては筋が通っている。 現実には、混乱しかもたらさなかった。
貨幣の改鋳だけで経済が混乱し、 土地の国有化は豪族の反発を招いて撤回された。
黄河の流路が変わる大災害も重なった。
赤眉の乱が起き、15年で倒れる。
後の史書は、王莽を簒奪者として書いた。 理想を掲げた改革が、 なぜ失敗したかの例として引かれ続ける。