概要
元老院が男性の絹の着用を禁じた。国富が東へ流れる、と大プリニウスが嘆いている。作り方を知らないまま、木に生える綿毛だと考えられていた。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
本文
絹は、東から来た。
どこから来るのか、誰も知らなかった。
大プリニウスは、 セレス人の国の木に生える綿毛を梳いたものだ、 と書いている。
蚕のことを知らない。
高かった。
同じ重さの金と交換された、という記述がある。
薄くて、体の線が透ける。
セネカが嘆いた。
あれを着ても裸と変わらない、と。
AD14年、元老院が男性の着用を禁じた。
道徳の理由と、経済の理由がある。
プリニウスは、 毎年1億セステルティウスが東へ流れると書いた。
インドと中国とアラビアへ。
国富の流出になる。
ローマの金貨が、インド南部で大量に出土している。
作り方が西に伝わるのは、6世紀になる。
僧が杖の中に蚕の卵を隠して持ち帰った、 と東ローマの記録が語る。