概要
劉秀が乱を収めて漢を再興し、都を洛陽に置いた。前漢と区別して後漢と呼ぶ。
場所
洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
関わった人(1)
光武帝BC5年–AD57年 · 当人本文
劉秀が乱を収め、漢を再興した。
前漢の皇族の遠い末裔になる。 血縁としては、かなり薄い。
都を長安から洛陽へ移した。 長安が戦乱で荒廃していたことによる。
即位後の方針が、抑制的だった。 対外遠征を控え、 兵を減らし、税を軽くした。
功臣を粛清しなかった。 前漢の高祖が功臣を次々に除いたのと対照的になる。 爵位と領地を与えて、政治から遠ざけた。
儒教が国家の学問として定着するのも、この時期になる。
一方で、豪族の力が強かった。 劉秀自身が豪族の支持で立っている。 その構造が、200年後に 地方の実力者が割拠する下地になる。