概要
後宮の女性で、匈奴の単于に嫁がされた。絵師に賄賂を渡さず醜く描かれた、という物語は後世の作。草原で二人の単于の妻になり、子を残した。
関わったできごと(1)
王昭君の降嫁BC33年 · 嫁いだ本文
南郡の人で、後宮に入った。
数年、皇帝に会わないままだった。
匈奴の呼韓邪単于が入朝し、漢の女性を求めた。
元帝は後宮から選んで与えた。
彼女が選ばれた。
自分から願い出た、という記述もある。
送り出すとき、 皇帝が初めてその姿を見て惜しんだ、と。
草原へ行った。
「寧胡閼氏」と呼ばれる。
胡を安んじる妃。
呼韓邪との間に息子を産んだ。
呼韓邪が死ぬと、 匈奴の習わしで、その子(別の妻の子)の妻になった。
漢に帰りたいと願い、 「匈奴の習わしに従え」と返された。
娘を二人産んだ。
死んだ年は分からない。
墓が青々として枯れない、と伝えられ、 杜甫が詩に詠んだ。
千年、詩と戯曲に描かれる。
事実は、史書に数行しか無い。