概要
後宮の女性が匈奴の単于に嫁がされ、草原で生涯を終えた。漢と匈奴の和親の証で、その後60年、境は静かだった。詩と物語が千年語り継ぐ。
場所
長安
34.27°N 108.95°E · 中国・陝西省西安
34.27°N 108.95°E · 中国・陝西省西安
関わった人(1)
王昭君BC50年頃–? · 嫁いだ本文
後宮の女性だった。
匈奴の呼韓邪単于が漢に入朝し、 漢の女性を妻に求めた。
元帝は、後宮から一人を選んで与えた。
王昭君。
草原へ行き、単于の妻になった。
単于が死ぬと、匈奴の習わしで その子の妻になった。
漢に帰りたいと願い出て、許されなかったと伝わる。
娘を産み、草原で死んだ。
墓は青々としていて、 冬も枯れないと言われた。
「青冢」。
物語が、後からいくつも付いた。
絵師が賄賂を渡さない者を醜く描き、 皇帝はその絵で選んだ。
送り出すときに本人を見て、 その美しさに絵師を処刑した、と。
『西京雑記』の話で、史書には無い。
杜甫、白居易、そして元の戯曲。
千年、詩と物語に描かれた。
匈奴との境は、彼女のあと60年静かだった。
出典(1)
班固 『漢書』匈奴伝