← 地図で見る
Event / できごと

カルラエの戦い

Battle of Carrhae
BC53年
重要度 4

概要

クラッススがパルティアの騎射に敗れて戦死した。ローマの東の限界が定まる。

場所

カルラエ
36.86°N 39.03°E · トルコ・シャンルウルファ県ハッラーン

関わった人(1)

クラッススBC115年頃–BC53年 · ローマ側 · 総指揮

本文

クラッススは60歳を超えていた。 富ではポンペイウスもカエサルも超えていたが、 軍功が無い。それを求めて東へ出た。

パルティアの騎射は、逃げながら後ろへ射る。 追えば当たり、追わなければ距離を取って射続ける。 重装歩兵の方陣は、それに対して何もできない。 矢が尽きるのを待ったが、ラクダの隊列が矢を運び続けた。

2万が死に、1万が捕虜になった。 軍団旗(アクィラ)を奪われている。 ローマにとって旗の喪失は、敗北そのものより重い。 アウグストゥスが33年後に交渉で取り返し、 それを大々的に宣伝することになる。

ローマの東への拡大は、この戦いで限界が見えた。 そして三頭政治の一角が消えた。

同じ時代のできごと

スパルタクスの反乱BC73年ポンペイウスのエルサレム占領BC63年カティリナの陰謀BC63年第一回三頭政治BC60年ガリア戦争BC58年ルカ会談BC56年ルクレティウス『事物の本性について』BC55年頃クロディウスの殺害BC52年1月18日