概要
人権宣言が男性のものだった時代に、『女性の権利の擁護』を書いた。女性が劣って見えるのは教育を与えられていないからだ、と。娘が『フランケンシュタイン』を書く。
関わったできごと(1)
『女性の権利の擁護』AD1792年 · 著者本文
父が酒で財産を失い、母を殴った。
家を出て、家庭教師と学校の経営で食べた。
出版社の仕事を得て、書評と翻訳をした。
1790年、バークのフランス革命批判に反論して 『人間の権利の擁護』を書く。
ペインより早い。
2年後、『女性の権利の擁護』。
女性が劣って見えるのは、 劣った教育しか与えられていないからだ。
女性を飾りものとして育てるのをやめろ、と。
革命のパリへ行き、恐怖政治を見た。
アメリカ人の冒険商人との間に娘を産み、 捨てられて、二度自殺を図った。
哲学者ゴドウィンと結婚し、 二人目の娘を産んで、 産褥熱で死んだ。38歳。
その娘が、メアリ・シェリー。
『フランケンシュタイン』を書く。
夫が書いた伝記が愛人関係を明かし、 その後100年、名前を出すことが憚られた。