概要
『五経無双』と呼ばれた学者。9353字を540の部首に分け、六書で成り立ちを説いた。本は息子が121年に献上した。清の段玉裁の注で、二千年後に読み直された。
関わったできごと(1)
『説文解字』AD100年 · 著者本文
汝南郡召陵(いまの河南省漯河)の人。 賈逵に学んだ。賈逵は古文の経学の大家で、 その学統は劉歆に遡る。
『五経無双許叔重』。 五経に並ぶ者なしの許叔重(叔重が字)。 同時代にそう呼ばれた。
郡の功曹から太尉南閣祭酒になり、 100年に『説文解字』の本文を成した。 自分で序を書いた。 「倉頡が鳥獣の足跡を見て文字を作った」から始めて、 文字の歴史と、六書の説明と、この本の作り方を述べる。 「文」は単独の字、「字」は組み合わせて生まれた字。 本の名はそこから来ている。
献上したのは121年、息子の許沖。 そのときには本人は病で家にいた。 『五経異義』という本も書いたが、失われて断片しか残らない。
生まれた年も死んだ年も、確かには分からない。 58年頃に生まれ、148年頃に死んだと推定されている。 故郷には墓と、清に建った祠がある。