概要
甥から帝位を奪い、南京から北京へ都を移した。紫禁城を建て、『永楽大典』を編ませ、鄭和を七度海へ出す。明が最も外を向いていた時期になる。
関わったできごと(1)
鄭和の南海遠征1405年 · 命じた本文
父・洪武帝の四男になる。
北方の防衛を担う燕王として、北京に置かれていた。
父が死に、甥が即位すると、 その甥が叔父たちの藩を削りはじめた。
挙兵した。「靖難の変」になる。
3年の内戦の末、南京を落とした。
甥は行方不明になる。 焼死したとも、逃れたとも伝わる。
即位後、その正統性を補うように事業を重ねた。
都を北京へ移し、紫禁城を建てた。
『永楽大典』を編ませた。 2万巻を超える。写本しか作られず、大半が失われている。
鄭和を七度、海へ出した。
自ら五度、モンゴル高原へ親征した。
明が、最も外を向いていた時期になる。
その最後の親征の帰路に死んだ。
以後、明は内へ向かう。 海禁が敷かれ、遠洋船の建造が禁じられる。