← 地図で見る
Person / 人

永楽帝

Yongle Emperor
AD1360年 – AD1424年(享年64・推定)
重要度 4

概要

甥から帝位を奪い、南京から北京へ都を移した。紫禁城を建て、『永楽大典』を編ませ、鄭和を七度海へ出す。明が最も外を向いていた時期になる。

関わったできごと(1)

鄭和の南海遠征1405年 · 命じた

本文

父・洪武帝の四男になる。

北方の防衛を担う燕王として、北京に置かれていた。

父が死に、甥が即位すると、 その甥が叔父たちの藩を削りはじめた。

挙兵した。「靖難の変」になる。

3年の内戦の末、南京を落とした。

甥は行方不明になる。 焼死したとも、逃れたとも伝わる。

即位後、その正統性を補うように事業を重ねた。

都を北京へ移し、紫禁城を建てた。

『永楽大典』を編ませた。 2万巻を超える。写本しか作られず、大半が失われている。

鄭和を七度、海へ出した。

自ら五度、モンゴル高原へ親征した。

明が、最も外を向いていた時期になる。

その最後の親征の帰路に死んだ。

以後、明は内へ向かう。 海禁が敷かれ、遠洋船の建造が禁じられる。