概要
能を大成し、『風姿花伝』に稽古と芸の理論を書き残した。晩年は佐渡へ流される。
所属
日本関わったできごと(1)
『風姿花伝』AD1400年頃 · 著者本文
12歳のとき、父と演じた能を義満が見た。
その庇護で、能が芸術として認められる。
美少年だったことも、 庇護を受けた理由に挙げられる。 当時の記録に、公家がそれを批判する記述がある。
父の死後、座を継いだ。
書いたのが『風姿花伝』になる。
年齢ごとの稽古の仕方から始まる。
7歳では自然にさせよ。 12、13で出る魅力は「時分の花」にすぎない。 本当の花は、稽古を尽くした先にある。
「秘すれば花なり」。
観客の側から自分を見る「離見の見」も、ここにある。
義満の死後、庇護を失った。
息子に先立たれ、 甥に座を奪われ、 72歳で佐渡へ流された。
流刑地で書いた謡曲が残っている。