概要
幼い王の代わりに政治を執り、反乱を鎮め、洛邑を築き、王位を返した。儒家が理想の政治家とした人で、孔子は夢に見なくなったことを嘆いた。
場所
洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
関わった人(1)
周公旦?–BC1030年頃 · 摂政本文
武王が殷を倒して、2年で死んだ。
成王は幼かった。
弟の周公旦が、代わりに政治を執った。
兄弟が疑った。
管叔と蔡叔が、殷の遺民と組んで反乱する。
周公は東へ遠征し、3年で鎮めた。
兄を殺し、弟を追放している。
殷の遺民を東へ移し、 洛邑(今の洛陽)を築いて東の拠点にした。
一族と功臣を各地に封じた。
封建になる。
礼と楽を定めた、と伝わる。
7年後、成王が成人すると、王位を返した。
自分は臣下に戻った。
儒家は、この人を最初の聖人とした。
権力を持ちながら、奪わなかった。
孔子は晩年に言っている。
「私はもう衰えた。周公の夢を見なくなって久しい」。
『周礼』という官制の書が、この人の作とされた。
戦国時代の作になる。