概要
都を鎬京から洛邑へ移した。王の権威は落ち、諸侯が実力で競う春秋時代に入る。
場所
洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
本文
西方の異民族に攻められ、都を東の洛邑へ移した。
王は残ったが、直轄の領地と兵をほとんど失った。
以後、周王は儀礼の中心としてだけ残る。 実力を持つ諸侯が競い合う時代になる。
面白いのは、誰も周王を廃さなかったことになる。 実力があっても、王を名乗らない。 「覇者」として、周王を尊ぶ形を取りながら実権を握る。
尊王攘夷という言い方は、ここから来ている。
権威と権力が分かれた状態が、数百年続いた。
同じ構図が、後の日本の天皇と将軍にも見られる。 形を残したまま中身を移すやり方は、 東アジアで繰り返し現れる。