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Person / 人

アルプ・アルスラーン

Alp Arslan
AD1029年頃 – AD1072年(享年43・推定)
セルジューク朝重要度 3

概要

マンジケルトでビザンツ皇帝を捕虜にした。アナトリアがテュルクの土地になる入口を開く。

所属

セルジューク朝

関わったできごと(1)

マンジケルトの戦いAD1071年8月26日 · セルジューク側 · 総指揮

本文

セルジューク朝の第2代スルタンになる。

「勇猛な獅子」という意味の称号になる。

マンジケルトで、ビザンツ皇帝を捕虜にした。

その皇帝を、丁重に扱った。

足を首に乗せて服従を示させた後、 起こして席に着かせ、条件を付けて解放している。

「私があなたを捕らえたら、どうする」と聞き、 「殺すか、街を引き回すだろう」と答えられて、 「私はそうしない」と言ったと伝わる。

その解放が、ビザンツの内紛を招いた。

戻った皇帝は廃位され、目を潰されて死ぬ。

以後、アナトリアへテュルク系の集団が入った。

アルプ・アルスラーンは、その翌年、 捕虜にした城主に刺されて死んだ。

宰相ニザーム・アルムルクが 残した『統治の書』が、 イスラーム世界の統治論の古典になる。