概要
マンジケルトでビザンツ皇帝を捕虜にした。アナトリアがテュルクの土地になる入口を開く。
所属
セルジューク朝関わったできごと(1)
マンジケルトの戦いAD1071年8月26日 · セルジューク側 · 総指揮本文
セルジューク朝の第2代スルタンになる。
「勇猛な獅子」という意味の称号になる。
マンジケルトで、ビザンツ皇帝を捕虜にした。
その皇帝を、丁重に扱った。
足を首に乗せて服従を示させた後、 起こして席に着かせ、条件を付けて解放している。
「私があなたを捕らえたら、どうする」と聞き、 「殺すか、街を引き回すだろう」と答えられて、 「私はそうしない」と言ったと伝わる。
その解放が、ビザンツの内紛を招いた。
戻った皇帝は廃位され、目を潰されて死ぬ。
以後、アナトリアへテュルク系の集団が入った。
アルプ・アルスラーンは、その翌年、 捕虜にした城主に刺されて死んだ。
宰相ニザーム・アルムルクが 残した『統治の書』が、 イスラーム世界の統治論の古典になる。