概要
カリンガ征服の惨禍を悔いて仏教に帰依し、法(ダルマ)による統治を掲げて碑文を各地に建てた。
所属
マウリヤ朝関わったできごと(2)
カリンガ戦争とアショーカの改宗BC261年 · マウリヤ側 · 総指揮アショーカ王の碑文BC260年頃 · 当人本文
兄弟を殺して即位したと伝わる。
治世の前半は、征服に費やされた。
カリンガ戦争の後に転じた。
自ら刻ませた碑文に、 15万人が連行され、10万人が殺されたと書いてある。 そして、悔いていると。
征服者が、自分の起こした戦争の被害を 数字で刻ませた例は、他にほとんど無い。
以後、法(ダルマ)による統治を掲げた。
碑文の内容は、特定の宗派に偏らない。 親を敬え、生き物を殺すな、 他の宗派を貶すな。
自分の宗派を讃えるために他を貶せば、 自分の宗派を傷つけることになる、と書いている。
各地に病院を作り、街道に木を植えた。
死後、王朝は50年で崩れた。
碑文は千年以上読めず、 1837年に解読された。