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Person / 人
アウグストゥス
Imperator Caesar Divi Filius Augustus
BC63年9月23日 – 14年8月19日(享年75)
共和政ローマ/ローマ帝国重要度 5
概要
カエサルの養子。アクティウムで勝ち、共和政の形を残したまま帝政を始めた。
別名
オクタウィアヌス、オクタヴィアヌス
所属
共和政ローマ/ローマ帝国関わったできごと(4)
第二回三頭政治とキケロの死BC43年 · 参加フィリッピの戦いBC42年10月23日 · 勝者アクティウムの海戦BC31年9月2日 · オクタウィアヌス側 · 総指揮アウグストゥスの称号BC27年1月16日 · 当人本文
カエサルが暗殺されたとき18歳、 遺言で養子に指名されたことを知って、 学業を中断してイタリアへ渡った。
体は弱く、戦場での指揮は苦手だった。 実際の軍事はアグリッパが担っている。 彼が優れていたのは、待つことと、 名前の使い方だった。 「カエサルの息子」という名は、退役兵に対して効いた。
権力を握ったあと、名乗りを慎重に選んだ。 王でも独裁官でもなく「第一の市民」。 共和政の制度を残したまま、実質を握った。
40年以上統治した。 国境を固め、常備軍を作り、街道と水道を整え、 文学を庇護した。 「煉瓦のローマを受け取り、大理石のローマを残した」と言ったと伝わる。
後継者選びには苦しんだ。 候補が次々に死に、最後に残ったのが継子ティベリウスだった。