概要
オクタウィアヌスがアントニウスとクレオパトラの艦隊を破り、ローマ世界の唯一の勝者となった。
場所
アクティウム
38.94°N 20.76°E · ギリシア・アイトリア=アカルナニア県
38.94°N 20.76°E · ギリシア・アイトリア=アカルナニア県
関わった人(3)
アウグストゥスBC63年9月23日–14年8月19日 · オクタウィアヌス側 · 総指揮クレオパトラ7世BC69年–BC30年8月12日(10日説あり) · アントニウス側 · 参戦アグリッパBC63年–BC12年 · 艦隊の指揮本文
海戦としては、大きな戦闘にならなかった。 アントニウス側の船は大きく重く、 オクタウィアヌス側(実際の指揮はアグリッパ)の船は小回りが利いた。
戦いの最中にクレオパトラの艦隊が戦列を離れ、 アントニウスが追った。 恋に目がくらんだという解釈が広く語られるが、 最初から突破して撤退する計画だったとする見方もある。
残された艦隊と陸軍は降伏した。 翌年アレクサンドリアが落ち、二人は自死する。
これで、ローマ世界に軍を持つ競争相手がいなくなった。 100年続いた内乱が終わる。 勝った側は「東方の女王に惑わされた男から国を救った」 という物語で、この戦争を内戦ではなく対外戦争として語った。
出典(1)
塩野七生 『ローマ人の物語』V ユリウス・カエサル ルビコン以後