概要
種が変化することを膨大な観察で示した。人間が特別ではないという考えが広がる。
関わったできごと(2)
ビーグル号の航海AD1831年12月27日 · 同乗した博物学者『種の起源』AD1859年11月24日 · 著者本文
5年の航海で集めた標本と観察が出発点になる。
帰国後、20年以上発表しなかった。 理論の骨組みは早い段階でできていた。 慎重に証拠を集めたためとも、 社会の反応を恐れたためとも言われる。
急いだのは、 ウォレスから同じ趣旨の論文が届いたからだった。 共同で発表し、翌年に『種の起源』を出している。
示したのは二つになる。 種は変化するということと、 その仕組みが自然選択だということ。
「進化」という語は、初版ではほとんど使っていない。 進歩の含みを避けたためとされる。
自分の説が何を含意するかは分かっていた。 妻は敬虔なキリスト教徒で、 その信仰を傷つけることを気にし続けている。
娘アニーを10歳で亡くしたことが、 信仰から離れる決定的な出来事だったとされる。