概要
非暴力・不服従で帝国に抗った。独立の翌年、宗教対立のなかで暗殺される。
関わったできごと(3)
塩の行進1930年 · 当人インドの独立AD1947年8月15日 · 運動を率いたガンディーの暗殺AD1948年1月30日 · 殺された本文
ロンドンで弁護士資格を取り、南アフリカで22年働いた。 非暴力の方法は、インドではなくそこで作られている。
塩の行進は、専売の塩を自分で作るという、 違法だが誰にでもできる行為を選んだ。 暴力に訴えないまま法を破ることで、 取り締まる側を見苦しくさせる設計になっている。
独立は達成された。だが分離は止められなかった。 数百万が移動し、数十万が殺された年に、 彼は祝賀の式典に出ず、暴動の起きた土地を歩いていた。
1948年、ヒンドゥー至上主義者に撃たれる。 ムスリムに譲歩しすぎたというのが動機だった。
不可触民の呼び名を改めようとしたが、 カースト制度そのものの廃止には踏み込まなかった。 アンベードカルとはそこで対立している。