概要
祈りの集会へ向かう途中、ヒンドゥー至上主義者に至近距離から撃たれた。独立から半年、分離の暴力のなかで断食を続けていた最中だった。
場所
デリー
28.61°N 77.21°E · インド
28.61°N 77.21°E · インド
関わった人(1)
ガンディーAD1869年10月2日–AD1948年1月30日 · 殺された本文
独立から5か月半になる。
分離で、数十万人が殺され、 1000万人以上が国境を越えて移動していた。
ガンディーは、デリーでムスリムの保護を求めて断食した。
パキスタンへの資産の分配を、 インド政府に実行させるためでもあった。
ヒンドゥー至上主義者には、 それが裏切りに見えた。
1月30日の夕方、 祈りの集会へ向かう庭で、 ナートゥーラーム・ゴードセーが正面から三発撃った。
ゴードセーは逃げず、その場で捕らえられた。
裁判で、動機を長く述べている。
ガンディーがムスリムに譲りすぎた、と。
翌年、処刑された。
ネルーがラジオで語った。
「光が、われわれの生活から消えた」。
ガンディーの遺灰は、 インドの各地の川に流された。