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Event / できごと

ガンディーの暗殺

Assassination of Gandhi
AD1948年1月30日
重要度 4

概要

祈りの集会へ向かう途中、ヒンドゥー至上主義者に至近距離から撃たれた。独立から半年、分離の暴力のなかで断食を続けていた最中だった。

場所

デリー
28.61°N 77.21°E · インド

関わった人(1)

ガンディーAD1869年10月2日–AD1948年1月30日 · 殺された

本文

独立から5か月半になる。

分離で、数十万人が殺され、 1000万人以上が国境を越えて移動していた。

ガンディーは、デリーでムスリムの保護を求めて断食した。

パキスタンへの資産の分配を、 インド政府に実行させるためでもあった。

ヒンドゥー至上主義者には、 それが裏切りに見えた。

1月30日の夕方、 祈りの集会へ向かう庭で、 ナートゥーラーム・ゴードセーが正面から三発撃った。

ゴードセーは逃げず、その場で捕らえられた。

裁判で、動機を長く述べている。

ガンディーがムスリムに譲りすぎた、と。

翌年、処刑された。

ネルーがラジオで語った。

「光が、われわれの生活から消えた」。

ガンディーの遺灰は、 インドの各地の川に流された。

動画(1)

ガンディー暗殺―ヒンドゥーとイスラムの埋まらない亀裂【COTEN RADIO #61】歴史を面白く学ぶコテンラジオ_COTEN RADIO分離独立の暴力のなかで、なぜ同じヒンドゥー教徒に殺されたのか

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