概要
離婚のために教皇と切れ、自分を教会の首長にした。六度結婚し、二人の妻を処刑した。修道院を解散させ、その土地で貴族を養う。
関わったできごと(2)
国王至上法AD1534年 · 国王トマス・モアの処刑AD1535年7月6日 · 王本文
兄が死んで、兄の妻と結婚した。
キャサリン・オブ・アラゴン。
20年連れ添って、男子が育たなかった。
離婚を教皇に求めた。
教皇は認めない。
キャサリンの甥が、皇帝カール5世だった。
1534年、議会が国王を教会の首長と定めた。
ローマから切れる。
教義はほとんど変えていない。
変えたのは、誰が上に立つかになる。
修道院を解散させた。
イングランドの土地の四分の一近くが 王のものになり、貴族に売られた。
六度結婚した。
二人を離婚し、二人を処刑し、 一人は産褥で死に、一人が残った。
処刑された二人目のアン・ブーリンの娘が、 のちのエリザベス1世になる。
晩年は肥満と脚の潰瘍で動けなくなった。