概要
議会が国王をイングランド教会の首長と定めた。離婚を認めない教皇から切れるためで、教義はほとんど変えていない。変えたのは、誰が上に立つかだった。
場所
ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(2)
ヘンリー8世AD1491年6月28日–AD1547年1月28日 · 国王エリザベス1世AD1533年9月7日–AD1603年 · のちにこの体制を固める本文
きっかけは、離婚だった。
キャサリン・オブ・アラゴンとの間に男子が育たない。
教皇に婚姻の無効を求めた。
教皇は認めなかった。
キャサリンの甥が、皇帝カール5世だった。
その軍がローマにいた。
1534年、議会が法を通した。
国王はイングランド教会の唯一最高の首長である。
ローマから切れた。
教義は、ほとんど変えていない。
ミサも、七つの秘跡も、そのまま残した。
変えたのは、誰が上に立つかだけになる。
修道院を解散させた。
イングランドの土地の四分の一近くが王のものになり、 貴族と地主に売られた。
その人びとが、以後カトリックに戻ることに反対する。
宗教改革が定着した理由の一つが、 この土地の再分配になる。
反対したトマス・モアが処刑された。