概要
アリーと預言者の娘ファーティマの子。ムアーウィヤの子ヤズィードへの忠誠を拒み、クーファに招かれて向かい、カルバラーで殺された。シーア派の三代目イマームで、その死はアーシューラーの日に毎年演じ直される。
所属
カリフ国(正統・ウマイヤ・アッバース)関わったできごと(1)
カルバラーの悲劇AD680年10月10日 · 殺された本文
626年1月、メディナ。 ハサンの1年後。 ムハンマドが自分の唾を口に入れ、名前をつけた。 「ハサンとフサインは楽園の若者の主」。 「フサインは私から、私はフサインから」。 ムハンマドが礼拝の最中、 背中に登った孫たちを降ろさず、 降りるまで平伏したまま待った、 という話がある。
父アリーが殺され、 兄ハサンがカリフの座をムアーウィヤに譲り、 670年に兄が死んだ。 妻に毒を盛られた、とシーア派は言う。 それから10年、メディナで静かにしていた。 ムアーウィヤとの約束、と言われる。
680年、ヤズィード。 メディナの総督がフサインに忠誠を求めた。 「私のような者が、彼のような者に忠誠を誓うことはない」。 夜、メッカへ。 4か月。 クーファからの手紙。 「果物は熟し、庭は緑だ」。 メッカからクーファへ、 巡礼の季節の途中で。
途中で、詩人ファラズダクに会った。 「クーファの人々はどうか」。 「心はあなたと共に、剣はウマイヤと共に」。
カルバラー。 夜、従者に言った。 「夜の闇に乗じて去れ。彼らが求めているのは私だけだ」。 誰も去らなかった。
アーシューラーの朝。 71人か72人。 夕方、フサイン。 「私を殺す者は、神の預言者の孫を殺す者だ」。 「あなたたちの中に、私を助ける者はいないのか」。 それはシーア派の祈りの言葉になった。 「ハル・ミン・ナースィリン・ヤンスルニー」。
首はダマスクスで、 それからカルバラーに戻された、 あるいはカイロにある、 あるいはダマスクスにある。 体はカルバラーに。 金の丸屋根の下。 アルバイーン、死の40日目には、 2000万人がナジャフからカルバラーまで歩く。 世界最大の集会になる。