概要
漢の血筋を名乗り、流浪の末に蜀を得た。三国の一角を担う。
所属
蜀関わったできごと(4)
呂布の死AD199年2月 · 一言三顧の礼AD207年 · 訪ねた三国の鼎立AD220年 · 蜀夷陵の戦いAD222年 · 敗れた本文
筵を売って暮らしていたと『三国志』は書く。
漢の皇族の末裔を名乗ったが、 その系譜の信憑性は疑われている。
流浪が長い。
公孫瓚、陶謙、曹操、袁紹、劉表。 次々に身を寄せては離れた。
40代後半まで、自分の領地を持てなかった。
諸葛亮を三顧の礼で迎えたのが、転機になる。
天下三分の計を示され、 それに沿って荊州と益州を得た。
関羽の仇討ちのために呉へ攻め込み、 夷陵で大敗した。
その翌年に死ぬ。
臨終で諸葛亮に、 自分の子が補佐に値しないなら 君が代わりに取れ、と言ったと伝わる。
演義では、仁徳の人として描かれる。