概要
錠前作りと狩りを好んだ内気な王。財政の破綻で三部会を召集し、そこから始まった革命に呑まれ、逃亡に失敗して処刑された。
関わったできごと(2)
フランス革命1789年 · 王ルイ16世の処刑AD1793年1月21日 · 処刑された本文
祖父のルイ15世を継いだのが19歳。
内気で、錠前作りと狩りと地理を好んだ。
決断が遅く、周りの意見で揺れた、と評される。
治世の前半に、アメリカ独立戦争を支援した。
イギリスに勝つためになる。
その戦費が、財政を破綻させた。
貴族と聖職者に課税しようとして、 高等法院に阻まれ、 最後の手段として三部会を召集した。
175年ぶりになる。
それが革命の入口になった。
バスティーユのあとも王位は残った。
1791年、一家で国外へ逃げようとして 国境の手前のヴァレンヌで捕まった。
これで、王への信頼が消えた。
1792年8月、王政が停止される。
裁判で、自分は法に従って統治したと主張した。
一票差で死刑になり、 1793年1月21日に処刑された。38歳。