概要
アテナイ民主政の全盛期を導き、パルテノン神殿を建てた。ペロポネソス戦争の初期に疫病で没する。
所属
アテナイ関わったできごと(2)
パルテノン神殿の完成BC432年 · 主導ペロポネソス戦争BC431年 · アテナイ側 · 指導本文
30年、アテナイの実質的な指導者だった。
役職としては、将軍(ストラテゴス)に 毎年選ばれ続けただけになる。 独裁者ではない。
民会で説得し続けた。
やったことで大きいのが、 公職に手当を出したことになる。
それまで、公職に就けるのは 生活の心配がない層に限られていた。 手当が出れば、貧しい市民も参加できる。
一方で、市民権を 両親ともアテナイ人の者に限る法も作った。 参加できる範囲を、同時に狭めている。
パルテノン神殿を建てた。 デロス同盟の資金を使ったことは、当時から批判された。
戦没者への追悼演説が、 トゥキュディデスによって記録されている。
その2年後、疫病で死んだ。