概要
アテナイとスパルタが27年戦い、ギリシアの都市国家は疲弊した。トゥキュディデスが同時代史として書き残す。
場所
アテナイ
37.98°N 23.73°E · ギリシア・アッティカ
37.98°N 23.73°E · ギリシア・アッティカ
関わった人(1)
ペリクレスBC495年頃–BC429年 · アテナイ側 · 指導本文
27年続いた。
アテナイの海軍とスパルタの陸軍。 互いの強い場所で戦えないまま消耗した。
2年目に疫病が流行り、 アテナイの人口の四分の一から三分の一が死んだ。 ペリクレスもこれで死んでいる。
トゥキュディデスが同時代史として書いた。
神々の意志を持ち出さない。 起きたことを、人間の利害と恐怖と名誉で説明する。 「戦争の真の原因は、アテナイの勢力の増大と、 それがスパルタに与えた恐怖にあった」と書いた。
強国の台頭が既存の強国を怯えさせ、 戦争になるという構図は、 いま「トゥキュディデスの罠」と呼ばれている。
アテナイは敗れ、 ギリシアの都市国家はそろって力を落とした。 70年後、北のマケドニアに呑まれる。
出典(1)
トゥキュディデス 『戦史』第1巻 1–23