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Person / 人

マクシミリアン・ロベスピエール

Maximilien Robespierre
AD1758年5月6日 – AD1794年7月28日(享年36)
フランス重要度 4

概要

「清廉の人」と呼ばれた弁護士が、死刑廃止を主張し、やがて恐怖政治を主導した。徳のない恐怖は有害で、恐怖のない徳は無力だ、と演説している。

関わったできごと(2)

フランス革命1789年 · のちに恐怖政治を主導する恐怖政治AD1793年9月 · 主導。最後に処刑された

本文

アラスの弁護士の子で、 幼くして両親を失った。

奨学金でパリの名門校に学び、 弁護士として故郷に戻った。

貧しい依頼人を安く引き受けたと伝わる。

三部会に選ばれてパリへ行く。

演説は下手だった。

声が小さく、原稿を読む。

だが、一度も意見を曲げなかった。

「清廉の人」と呼ばれる。

死刑の廃止を主張した。

王の処刑には賛成した。

1793年、公安委員会に入る。

「徳と恐怖」を説き、革命裁判所が回った。

疑わしい者を、証拠なしで裁く法を通した。

友人だったダントンも処刑した。

最高存在の祭典を主宰し、 神のような振る舞いだと反発を買う。

1794年7月27日、議会で発言を遮られ、逮捕された。

翌日、裁判なしで処刑された。36歳。

自分が作った手続きで死んだ。