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Event / できごと

恐怖政治

Reign of Terror
AD1793年9月 – AD1794年7月28日
期間を持つできごと重要度 4

概要

革命を守るために、疑わしい者を裁判抜きで処刑した。1万6千人がギロチンにかかり、最後にロベスピエール自身が処刑されて終わる。

場所

パリ
48.86°N 2.35°E · フランス

関わった人(1)

マクシミリアン・ロベスピエールAD1758年5月6日–AD1794年7月28日 · 主導。最後に処刑された

本文

1793年の秋、革命は内と外から攻められていた。

対仏大同盟の軍が国境に迫り、 ヴァンデで農民が反乱し、 物価が上がっていた。

国民公会は「恐怖」を日程に載せた。

反革命容疑者法。

疑わしい者を、証拠なしで拘束できる。

革命裁判所が、弁護も証人も省いて裁いた。

ギロチンにかかったのが、 パリで2600人、全国で1万6千人以上。

裁判なしで殺された者を入れれば数万になる。

マリー・アントワネット、ダントン、 化学者ラヴォアジエ、詩人シェニエ。

ロベスピエールは「徳と恐怖」を説いた。

徳のない恐怖は有害で、恐怖のない徳は無力だ、と。

1794年7月、テルミドール9日。

議会が彼を逮捕し、翌日、裁判なしで処刑した。

自分が作った手続きで死んだ。

恐怖政治は、その日に終わった。

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