概要
カルタゴを滅ぼし、ヌマンティアを陥落させた。
別名
スキピオ・アエミリアヌス
関わったできごと(2)
カルタゴ滅亡BC146年 · ローマ側 · 総指揮ヌマンティア陥落BC133年 · ローマ側 · 総指揮本文
実父はピュドナでマケドニアを破ったパウルスで、 大スキピオの息子の家に養子に入った。 二つの名門を継いだことになる。
カルタゴでは、包囲が長引いて指揮官が更迭される中、 規定の年齢に満たないまま執政官に選ばれた。 民会が法を曲げて選んでいる。
市を破壊しながら泣いたという場面は、 そばにいたポリュビオスの記録による。 ホメロスの一節を引いて、 いつかローマにも同じ日が来ると言った。
13年後にヌマンティアも落とし、 帰国後は農地改革をめぐって義弟グラックス派と対立した。 ある朝、寝室で死んでいるのが見つかる。 暗殺の噂が立ったが、調べられないまま終わった。